寝室で脳卒中の発作で倒れた

1953年3月1日、ラヴレンチー・ベリヤ、ゲオルギー・マレンコフ、ニコライ・ブルガーニン、ニキータ・フルシチョフとの徹夜の夕食の後、スターリンは寝室で脳卒中の発作で倒れた。

暗殺を恐れていたスターリンは、同じ形の寝室を複数作り、どの部屋を使うかを就寝直前に決めていた。

寝室は鋼鉄の箱のような構造になっており、扉は内側から施錠すると、外から開けるには警備責任者が持つただ1本の鍵を用いるしかなかった。

翌朝、予定時間を過ぎてもスターリンの指示がないことに警備責任者は不審を覚えたが、眠りを妨げられたスターリンの怒りを買うことを恐れて、午後になるまで何もしなかった。

このために発見が遅れ、容態を重篤にしたと言われている。

発作は右半身を麻痺させ、昏睡状態が続いた。

一時は意識を回復するも、重い障害のために意思の疎通ができなかった。

4日後の1953年3月5日に危篤に陥り、73歳で死去した。

死因は脳内出血として公式発表された。

遺体は1961年10月31日までレーニン廟で保存され、その後クレムリンの壁に埋葬された。

スターリンの死去はソ連をはじめとする社会主義陣営各国に大きな衝撃を与えた。
update:2010年02月26日